profile

風月株式会社 代表取締役社長 二神敏郎ふたがみとしろう

1943 年 大阪生まれ 78 歳
お好み焼・焼そば「風月」創業者。
札幌を中心に道内14店舗を構える。


さっぽろ今 昔

「人生を変えたい」との思いにかられた青春時代の日々。
クラーク博士の言葉「ボーイズビーアンビシャス」に感化され、大志を抱いて1963年20歳の夏に大阪から北海道へ。10月に初雪が降り感動したが、除雪する人達を見て「なんともったいないことをするのだろう」と思ったのが初雪の印象。 関西弁の私は「田舎者」と笑われたが、札幌だって東北訛りのズーズー弁や漁師言葉が入り乱れているじゃないかと、内心反発したりもした。 暖房は石炭ストーブ。午後2時を過ぎれば煙でどんよりとした空、暗くて長い冬の1日。屋根裏の煙突の近くを根城とする雀は真っ黒になっていた。初春の雪解け、札幌名物の「馬糞風」が砂埃と一緒に吹きまくり、目を開けていられなかった。
スパイクタイヤで削られたデコボコ道路。その補修のために、毎年多くの税金が使われていた。

1972年、札幌オリンピックも終わり景気が上向く世の中、当時「北海道は公共工事に頼る3%経済」と笑われたもの。 「ファッションは東京の2年遅れ」と言われ、都会に憧れて東京に行く若者も多かった一方、全国から自転やバイク・鉄道に加えてヒッチハイクで「カニ族」と呼ばれる若者が大きなリュックを背負って駅舎やあらゆる場所を仮の宿としながら北海道中を楽しむ姿が多く見られた。

1986年頃から始まったバブル好景気には、東京発のコンサルタントが大勢やってきて、大きな夢をけしかける。 昨日迄「ただの人」がたちまち「すごい人」の輪となり、株の上場、ゴルフ会員権、リゾートホテルの投資、マンションの購入、海外への投資・・・寝ている間に資産価値が上がり大金持ちになったと有頂天になる。

そんなブームも、2008年のアメリカのリーマンショックから始まった世界的不況で、時代の成功者と呼ばれた仲間も一人また一人と去り、当時を語る人も少なくなった。さらにコロナ不況の押し寄せ・・・

2022年、やっと未来に光明を見出した今日「大きいことはいいことだ」「勝利の方程式」と、バブルの象徴であったホテルが、ひっそりと身売りされている現実。歴史は繰り返す「次代の風となる若者」ご用心ご用心。

令和4年8月4日追記:二神敏郎さんご逝去の報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
この記事は、二神さんに生前ご協力いただいたものです。

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